第7回.カルチャーギャップ(その壱)

今回は、現地で感じたカルチャーギャップについて、思うままに書いてみたいと思います。10年近く前のことですから、今は状況が変わっていることもあるかもしれないことを、最初にお断りしておきます。

秩序がない

タイに限らず、途上国に一般的に言えるのは、秩序がないことでしょう。

バンコクからちょっと北に行ったところにアユタヤという古都がありまして、そこに任国外旅行で来た他国の隊員を連れて遊びに行ったことがあります。いろいろ見て回ってから、バンコクに戻るためにバスターミナルに戻ってきました。バスターミナルには時刻表こそありましたが、狭いためもあってか、バンコクと違ってホームというものがありません。私はタイ語が読めたので、目を凝らしてバンコク行きのバスの動きを見ていました。ターミナルの周辺は人でごった返して、誰がバスを待っている人やらわかりません。

まもなくバスが着くなり、いきなり人々が殺到してきました。私も現地にいるときはタイ人だったので、負けずに先頭の方のいい位置を確保しました。バスのドアが開いてやっとステップを2,3段上ったところ、なんと私の後ろにいたおばちゃんが、私の服をつかんで引きずり降ろそうとします。よっぽど蹴っ飛ばしてやろうかと思いましたが、「事を起こしてはいかん」と自重して、おばちゃんの手をふりほどき、バスに乗り込んで2人分の場所を確保しました(^^;。

弱者にやさしい

ほどなくバスは満杯状態になりました。最後の方で坊さんが乗ってきましたが、すると乗客は我先にと席を譲り、坊さんは礼を言うこともなく最前列に座ることができました。

坊さんは尊敬の対象ですからいいとしても、タイでは子供、お年寄り、障害者など、いわゆる弱者に対して皆がすぐに手を差し伸べます。坊さんに席を譲るのと同様に、弱者に良いことをすると自分が徳を積んだ(タンブンといいます)ということになり、仏教が浸透しているタイでは当然のこととされています。おかげで私も、今現在も人に席を譲ることに全然ためらいを感じなくなりました。

私が赴任してまもないころ、いろいろな場所に行くのに地図とかも満足に読めない状態でしたので、片言のタイ語で道を尋ねます。日本だと「あそこの信号を右に曲がって……」というところでしょうが、タイ人はまず自分で連れていこうとします。だいたい地図の読み方を知らない人が多く、自分でもうまく説明できないこともあるのかもしれませんが、時には数kmも離れたところでも歩いて連れてゆこうとします。最初は恐縮していましたが、彼らにとってはタンブンの一環であり、托鉢の坊さんに米を差し上げるのと同じで、自分にとっていいことなので、別にどうということはないのでした。道を聞いた私は、彼らにとってすれば「弱者」だったのでしょう。

もっとも、全面的に感謝してばかりだったかというとそうでもありません。何と場所を知らないくせに平気で反対方向に連れていったりすることもあるので困りものです。知らなけりゃ知らないと素直に言えばいいものを、何でああいった行動を取るのかは聞きそびれました。ちなみに現地人がやはり同じ目にあって、とんでもない方向に連れて行かれる場合もあるのですが、「ああ、違ったみたいだね。他の人に聞いてみようか」「じゃ、そうしておくれ」みたいな感じで特に怒った様子はありません。これくらいで怒る日本人の方が、ケツの穴が小さいということでしょうか。でも、私たち日本人は時間で生きてますからね〜。

野良犬

タイでは毎年千人以上の人が狂犬病で亡くなっているようです。私も一回やられました。島に渡ってバカンスを楽しんでいるとき、一緒にいた女性隊員が、よせばいいのに砂浜に埋まって気持ちよさそうに寝ている犬を起こしてしまったのです。その後ろを歩いていた私は、いきなり足をガブッとやられました。

翌日職場に行ったときに同僚にその話をすると、「そりゃいかん。すぐに医者に行ってワクチンを打ってもらいなさい」。初めて一人で自宅近くにあるクリニックに行ってみました。事情を話すと、医者はいきなり「その犬を連れてきてください。その犬をこちらで飼ってみて、1週間様子を見て、その犬が発症しなければワクチンは打たなくてもいいですよ。人間は犬より潜伏期間が長いから、注射はそれからでも大丈夫ですよ。」「そんな、300kmも先の島の中にいる名も知らない野良犬ですよ。そんなのを連れてくる事なんて無理ですよ」。狂犬病ワクチンは高価な上、何度も打たなければならないので、タイ人は普通ワクチンなど打たないそうです。そのかわり、お寺でお祈りでもしてるんでしょう。犠牲者が多いのはそのせいかもしれません。

幸い協力隊員の場合は医療費が全額保証されているので、「日本人だから注射してくれ」とお願いすると、看護婦さんが「狂犬病ワクチンカード?」をくれました。これは特殊な診察券みたいなもので、裏が表になっていて、「0,1,3,7,15,30、60、90」とか書いています。0のところが噛まれた日で、まずこの日に注射をし、その後はその翌日、3日目、7日目、2週間目、1か月目、2か月目、3か月目と注射しなければならないそうです。私はいいかげんイヤになってきて1か月目までしか行きませんでした。狂犬病は、発症すると死亡率100%だそうですから、今こうして原稿を書いていられるところをみると、たぶん大丈夫だったのでしょう(^^;

前ふりが長くなってしまいましたが、タイは野良犬の宝庫?です。大都市の町中にもうようよいます。どれが飼い犬やら野良犬やらわかりません。でも怖くないです。彼らはまず吠えることもありませんし、ましてや飛びかかってくることなど皆無です。

彼らは雑踏の中でたいがい寝ています。ひどいやつになると、上を向いて足をおっぴろげて寝ています。私たちがその上をまたいでも知らん顔です。タイでは殺生を好まないのでこうなってしまっているんでしょう。蚊(マラリアの素(^^;)も殺さないで追い払う人もいるくらいです。彼ら野良犬は、皮膚病にかかったのも多く、丸々と太っているのもいません。でも、食事時になると残飯にありつけます。実にのびのびと暮らしています。

一方、バンコク郊外の高級住宅地に行くと、日本と同じように首輪をされて鎖ででつながれた飼い犬がいます。彼らは近づくと吠えるところも日本といっしょです。考えさせられてしまいます。はたして、どちらの犬が幸せなのか。いいものを食わせてもらっているはずの飼い犬が吠えるのはなぜか。自分が首輪をされたらどう思うか。十分な食事を与えられても、部屋に軟禁状態にされたらどう思うか。日本で犬を飼うことそのものが動物虐待になるんじゃないか。日本で動物虐待を受けてない犬は、ムツゴロウさんの動物王国にいる犬くらいのもんでしょう。私は犬は好きですが、日本に帰った後は、1つの島を手に入れるまでは犬を飼わないと心に決めました。